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2016 イーサリアム

The DAO事件

スマートコントラクトの脆弱性を突かれ、巨額のETHが流出。コミュニティはハードフォークという異例の決断でこれに対応し、技術と合意形成のあり方を問うた。

ビットコインの記事で、サトシ・ナカモトがビットコインを生んだのは、既存の銀行への怒りからだったとお話ししました(こちらを参照)。

この思想は、その後の暗号資産の世界に、とても大きな影響を与えます。当時この世界にいた人たちの多くは、サトシ・ナカモトの考えを、まるで神の教えのように受け継いでいました。「銀行や証券会社のような、既存の金融機関に頼らない仕組みを作ろう。いや、いずれはそれに取って代わるものを作ろう」。そんな熱い思いを持った人たちが集まっていたんです。

そこに登場したのが、イーサリアムでした。イーサリアムを使えば、お金のやり取りだけでなく、ルールそのものをプログラムとして書き込めます(こちらを参照)。だったら、銀行や投資会社がやっていることも、プログラムで置き換えられるのではないか。

こうして2016年に生まれたのが、「The DAO(ザ・ダオ)」です。

「社長のいない投資ファンド」

The DAOが何をしようとしたのか。普通の投資ファンドと比べてみましょう。

投資ファンドでは、投資家からお金を集め、ファンドを運営する専門家が、どの会社にいくら投資するかを決めますよね。私たち投資家は、その専門家を信じて、お金を預けるしかありません。

The DAOは、この「専門家」をなくそうとしました。集めたお金をどこに投資するかは、お金を出した人たちが投票で決める。そして、決まったことはプログラムが自動で実行する。社長も、役員も、ファンドの運営者もいない。まさに「社長のいない投資ファンド」です。

ちなみに「DAO」とは、「Decentralized Autonomous Organization(分散型自律組織)」の略で、特定の管理者がいない組織のことを言います。

既存の金融機関に頼らない、サトシ・ナカモトの理想を、最も純粋な形で実現したもの。当時の人たちの目には、The DAOがそう映ったんですね。だからこそ、世界中からお金が集まりました。その額は、当時の価格で約150億円。当時存在していたイーサリアム全体の、約14%にあたる量です。

引き出しボタンを、何度も押せた

ところが、このプログラムには、致命的な欠陥がありました。

銀行のATMでお金を引き出す時のことを考えてみてください。ATMは、お金を出したら、すぐにあなたの口座の残高を減らしますよね。

The DAOのプログラムは、この順番に穴がありました。お金を送り出してから、残高を減らすまでの、ほんのわずかなすき間に、もう一度「引き出し」の命令を割り込ませることができたんです。残高が減る前に、何度も、何度も引き出せてしまう。言わば、残高が減らないATMの引き出しボタンを、連打できたようなものです。

2016年6月、何者かがこの穴を突きました。抜き取られたイーサリアムは、およそ50億円分以上。理想の結晶だったはずのThe DAOは、わずか数か月で、暗号資産の歴史に残る大事件の舞台になってしまったんです。

時計の針を戻すか、戻さないか

イーサリアムのコミュニティは、大きな決断を迫られました。

The DAOのプログラムには、抜き取られたイーサリアムがすぐには使えないよう、一定期間引き出せない仕組みがありました。その間に、取引の記録そのものを書き換えて、盗まれる前の状態に戻してしまおう、と言う案が出たのです。

ただ、これには強い反対もありました。「ブロックチェーンは、一度記録したものを誰も書き換えられないからこそ信頼できる。都合が悪いからと言って書き換えてしまえば、銀行がやっていることと何が違うのか」と言うわけです。サトシ・ナカモトの思想を大切にする人たちほど、この反発は強いものでした。

最終的に、イーサリアムの多数派は、記録を書き換えることを選びました。2016年7月、盗まれたイーサリアムは、投資家の手元に戻されます。

一方で、書き換えに反対した人たちは、元の記録のままのイーサリアムを使い続けました。こうしてイーサリアムは、二つに分かれることになります。書き換えた方が、今私たちが「イーサリアム(ETH)」と呼んでいるもの。書き換えなかった方は、「イーサリアム・クラシック(ETC)」として、今も残っています。

「DAOのトークンは、証券だった」

この事件には、もう一つ大きな意味がありました。

2017年、アメリカのSEC(日本の金融庁にあたる、証券を監督する役所)は、The DAOについて、「お金を集めて、その利益を参加者に分ける仕組みは、たとえプログラムで動いていても、株式などと同じ『証券』にあたる」との判断を示しました。

既存の金融に頼らない仕組みを作ろうとしたら、既存の金融のルールで裁かれた、と言う事ですね。これは、後にリップルとSECが争うことになる「暗号資産は証券なのか」と言う問題の、出発点の一つになりました(リップルの記事はこちら)。

犯人は誰だったのか

抜き取りを行った人物は、長い間分かりませんでした。

ところが2022年、アメリカの暗号資産ジャーナリスト、ローラ・シン氏が、自身の著書の中で、ある人物が犯人である可能性が高いと報じました。何年もかけて取引の記録を追跡した結果だと言います。ただ、名指しされた本人はこれを否定しており、真相は今も確定していません。

まとめ

The DAOは、「既存の金融機関に頼らない仕組みを作る」と言う、サトシ・ナカモトの理想を受け継いだ、壮大な実験でした。

でも、プログラムに一つでも穴があれば、それを突かれた時に止める人がいない。そして、事件を収めるために、書き換えられないはずのブロックチェーンを、結局は人が書き換えた。理想を追った実験は、その理想の難しさを、最初に世界に示すことになったんです。