2023年7月13日。この日、暗号資産の世界中が一つの判決に注目していました。アメリカの裁判所が、XRPは「証券」なのかどうか、ついに判断を下すからです。
この判決が注目されたのは、XRPのためだけではありません。もしXRPが証券だと判断されれば、ほかの多くの暗号資産も、同じように証券として扱われるかもしれない。それは、暗号資産の世界全体の行方を左右する判決だったんです。
リップル社とSEC(アメリカの証券取引委員会)が、何を争ったのかについては、リップルの記事でご説明しました(こちらを参照)。ここでは、その裁判がどう始まり、どう決着したのか。そして、この裁判の中心にいた、一人の人物についてお話しします。
2020年12月、SECはリップル社を訴えました。
その影響は、すぐに表れます。アメリカの大手取引所コインベースをはじめ、多くの取引所が次々とXRPの取り扱いをやめました。アメリカでは、XRPを売り買いすることすら難しくなったんです。XRPは、アメリカの市場から締め出されてしまいました。
2021年4月、SECに新しいトップが就任します。ゲーリー・ゲンスラー氏です。
ゲンスラー氏の経歴は、まさに金融のエリートそのものです。若くしてアメリカの投資銀行ゴールドマン・サックスで経営陣の一人となり、その後はクリントン政権の財務省で要職を務めました。2009年からは、先物などを監督するCFTC(商品先物取引委員会)のトップとして、リーマンショック後の金融の立て直しに取り組んでいます。
そして実は、SECのトップになる直前まで、アメリカの名門大学MITで、ブロックチェーンや暗号資産について教えていました。だからこそ就任当初、暗号資産の世界は「この分野を理解している人がトップになった」と、彼に期待していたんです。
ところが、その期待は裏切られます。
ゲンスラー氏は、暗号資産のためのはっきりしたルールを作るのではなく、取り締まりによって業界を締め付ける方法を選びました。「ルールを示さないまま、後から違反だと訴える」。業界からは「取り締まりによる規制」だと、強い批判の声が上がります。これに対してゲンスラー氏は、「私はそれを、ただ『取り締まり』と呼んでいる」と言い切りました。
リップル社との裁判を続けるだけでなく、2023年6月には、世界最大級の取引所であるコインベースとバイナンスまで訴え、ソラナやカルダノなど、多くの暗号資産を「証券だ」と名指しします。
こうしてゲンスラー氏は、アメリカだけでなく、日本でも、ヨーロッパでも、アジアでも、暗号資産に関わる世界中の人たちから、最も嫌われたアメリカの役人になっていきました。
そして迎えた、2023年7月13日。ニューヨークの連邦地方裁判所は、次のような判断を示しました。
リップル社にとっては、一部敗訴、一部勝訴。でも、暗号資産の世界にとっては、それ以上の意味がありました。取引所で売り買いされる暗号資産は証券ではない。アメリカの裁判所が、初めてそう判断したからです。
市場は、すぐに反応しました。XRPの価格はその日のうちに大きく跳ね上がり、SECに「証券だ」と名指しされていたソラナやカルダノも、軒並み値上がりします。そして、XRPの取り扱いをやめていたコインベースは、判決が出たその日のうちに、XRPの取り扱いを再開すると発表しました。
この裁判が続いていた頃、アメリカではもう一つの大事件が起きていました。2022年11月の、大手取引所FTXの破綻です(FTXの記事はこちら)。
実はゲンスラー氏は、FTXが破綻する半年あまり前の2022年3月、FTXの創業者サム・バンクマン=フリード氏と面会していました。リップル社のような会社を何年も追い続ける一方で、目の前にいた最大級の不正を見抜けなかった。アメリカの議会では、ゲンスラー氏に対して、厳しい批判が浴びせられます。
さらに、アメリカのメディアやSNSでは、こんな話も取り沙汰されました。FTXの姉妹会社の代表だったキャロライン・エリソン氏の父親は、MITの経済学部の教授で、ゲンスラー氏もかつてMITで教えていた。二人は同じ大学の同僚だったのではないか、と言うのです。ただ、二人が所属していたのは別の学部で、近い関係だったことを示す証拠はありません。それでも、こうした話が広まったこと自体が、当時のゲンスラー氏に向けられていた不信感の大きさを物語っています。
2024年11月、ゲンスラー氏は退任を表明しました。このニュースを受けて、XRPをはじめとする暗号資産の価格は、一斉に値上がりします。一人の役人が去ることを、市場がこれほど歓迎したのは、異例のことでした。
2025年1月、ゲンスラー氏はSECを去り、その年、リップル社とSECの裁判も、正式に幕を閉じました。
2023年7月13日の判決は、リップル社だけの勝利ではありませんでした。「取引所で売り買いされる暗号資産は、証券ではない」。この判断が、暗号資産の世界全体に、ようやく一つの道筋を示したのです。
そしてこの裁判は、一人の役人のやり方が、世界中の暗号資産の行方をどれほど左右し得るのかを、私たちに見せつけた出来事でもありました。