いま世界では、アメリカと中国が、国と国との貿易の「支払い」をめぐって、激しく争っています。
暗号資産のサイトなのに、なぜ貿易の支払いの話をするのかと思われることでしょう。実は、この争いの中心にあるのが、ブロックチェーンの技術なんです。中国が進める新しい支払いの仕組みは、ブロックチェーンと同じ考え方を土台にしています。ビットコインから始まった技術が、いま、国と国の覇権争いの最前線で使われているのです。
それでは、ご説明しましょう。まずは、これまでの貿易の支払いがどのように行われてきたのか。そして、それが新しい仕組みでどう変わるのか。一つの取引を例に、比べてみます。
海外の会社と取引をする時、代金の支払いに欠かせないのが、SWIFT(スイフト)です。SWIFTとは、世界中の銀行をつなぐ通信網のことです。
ただし、SWIFTがお金そのものを運ぶわけではありません。SWIFTが運ぶのは、銀行から銀行への「この人に、これだけのお金を払ってください」と言う指示、言ってみれば手紙です。その手紙を受け取った銀行同士が、お互いの帳簿を書き換えることで、お金が動きます。
そして、この手紙のやり取りで使われる通貨の中心は、アメリカのドルです。
ある国の会社が、別の国の会社から、タンカー1隻分の石油を買う場面を考えてみましょう。
① 商談 売り手と買い手が話し合い、石油の量や値段、引き渡しの時期などを決めます。
② 契約書に署名 条件がまとまったら、契約書に署名します。代金は、ドルで支払うのが一般的です。
③ 買い手の銀行が、代金をロックする ここからが、銀行の出番です。契約から通常72時間以内に、買い手の銀行は、代金分のお金を押さえて、勝手に動かせないようにします。お金をロックするのです。
そして、売り手の銀行に、SWIFTで知らせを送ります。「代金は、確かにこちらでロックしました。約束どおりに石油を送ってもらえれば、必ず支払います」。この知らせが、「信用状(L/C)」と呼ばれるものです。つまり信用状とは、「買い手には、ちゃんと払う力がある」ことを、銀行が証明する知らせなのです。
④ 売り手の銀行が、「準備に入ってください」と伝える 知らせを受け取った売り手の銀行は、それが本物かどうかを確かめます。そして、売り手に伝えます。「代金は確保されています。出荷の準備に入ってください」。
売り手は、ここで初めて、安心して石油を出す準備に取りかかれます。
⑤ タンカーに石油を積んで、出航 売り手は、石油をタンカーに積み込みます。船会社は、「確かにこの石油を積みました」と言う証明書、「船荷証券」を発行します。船荷証券は、言ってみれば積み荷の引換券です。これを持っている人が、到着した港で石油を受け取れます。
⑥ 売り手が、「約束どおりに積みました」と言う証拠を銀行に出す 売り手は、船荷証券や、石油の量と品質の検査証明書など、「約束どおりに積みました」と言う証拠の書類を揃えて、自分の銀行に出します。
⑦ 銀行同士で、証拠を確かめる 書類は、売り手の銀行から買い手の銀行へと送られます。買い手の銀行は、その証拠が約束どおりかどうか、一つ一つ確かめます。
⑧ ロックしていたお金が、売り手に支払われる 証拠に問題がなければ、ロックされていたお金が、ドルで売り手に支払われます。この支払いの指示も、SWIFTの手紙で送られます。直接の取引がない銀行同士なら、間に別の銀行がいくつも入り、そのたびに手紙がやり取りされます。
こうして、ようやく売り手は代金を受け取り、買い手は船荷証券と引き換えに、石油を受け取れるのです。
図を見ていただくと分かるように、売り手と買い手が自分で動くのは、①の商談と②の契約、そして⑤の船積みくらいです。契約がまとまった後の取引のほとんどは、銀行と銀行のやり取りで進んでいきます。そして、そのやり取りは、SWIFTの手紙で、ドルを中心に行われているのです。
これに対して、中国は、SWIFTもドルも通らない、まったく別の仕組みを作ってきました。
その土台になっているのが、「デジタル人民元」です。中国の中央銀行が発行する、デジタルのお金です。中国は、まずこれを国内で広め、次に、ほかの国々の中央銀行や銀行と、一つの共通のネットワークでつながる仕組みを作りました。中東の産油国や、BRICS(ブリックス)と呼ばれるブラジル、ロシア、インド、南アフリカなどの新興国が、この輪に加わろうとしています。
このネットワークは、ブロックチェーンと同じように、参加している全員が、同じ一つの帳簿を見ています。では、同じ石油の取引を、この仕組みで行うと、どうなるでしょうか。
① 商談、② 契約書に署名 ここまでは同じです。ただし、代金はドルではなく、人民元などで支払います。
③ 代金を、ネットワークの上でロックする 買い手の代金は、共通のネットワークの上でロックされます。全員が同じ帳簿を見ているので、売り手の側からも、「代金が確かにロックされている」ことが、その場で分かります。証明のための手紙を、銀行から銀行へ送る必要はありません。
④ タンカーに石油を積んで、出航 石油を積み込み、船荷証券などの証拠を揃えるところは、これまでと同じです。
⑤ 条件が揃えば、その場で支払われる 「石油が積まれた」と言う証拠が確かめられれば、ロックされていたお金が、売り手の銀行へ直接、数秒で届きます。中継の銀行を挟む必要も、手紙を何通もやり取りする必要もありません。そして、その間に、ドルは一度も出てきません。
イーサリアムの記事で、「条件が揃えば、自動で実行される」スマートコントラクトのお話をしましたよね(イーサリアムの記事はこちら)。この新しい仕組みは、まさにその考え方を、国と国との貿易の支払いに持ち込もうとしているのです。
2つの図を見比べてみてください。SWIFTでは、契約の後、銀行同士が手紙で何段階もやり取りを重ね、ドルで支払いが行われていました。新しい仕組みでは、それが一つのネットワークの上で、ドルを使わずに、一瞬で終わるのです。
そして、もう一つ大切なことがあります。SWIFTの仕組みでは、SWIFTにつながった、世界で信用されている銀行がなければ、そもそも取引ができませんでした。新しい仕組みでは、このネットワークにつながってさえいれば、どんな国であっても、支払うお金さえあれば取引ができるのです。
SWIFTでドルが使われると言う事は、世界のお金の流れの多くが、アメリカの目の届くところを通ると言う事です。アメリカは、気に入らない国の銀行を、SWIFTから締め出すこともできます。実際、2022年にロシアがウクライナに侵攻した時、ロシアの大手銀行はSWIFTから締め出されました。
逆に言えば、ドルを使わない新しい仕組みが広がれば広がるほど、アメリカの力は弱まっていきます。だからこそ、中国はこの仕組みを広げようとし、アメリカはそれを食い止めようとしているのです。
2025年に発足した第二次トランプ政権は、この争いに、正面から向き合っています。
トランプ大統領は、政権が始まるとすぐに、世界中の国々に高い関税をかけると打ち出しました。関税とは、輸入品にかける税金のことです。これは、各国との交渉を有利に進めるための、強力なカードになりました。
そして、中国の仲間だった国々にも、次々と手を打っていきます。南米のベネズエラは、豊富な石油を持つ、中国の強力なパートナーでした。アメリカはベネズエラの政権を崩し、その原油に深く関わるようになります。ロシアは、ウクライナ侵攻以来、厳しい制裁の下にあります。中東のイランもまた、石油の多くを中国に売ってきた、中国と関係の深い国です。
トランプ政権の目的は、中国を完全に壊すことではありません。バランスを取りながら、アメリカが優位に立つこと。そのために、中国の仲間の輪を、一つずつ崩していく。支払いの仕組みをめぐる争いも、この大きな戦いの一部なのです。
一方で、SWIFTも、新しい技術を取り入れようとしています。ブロックチェーンと現実の世界をつなぐ「オラクル」と言う仕組みを使って、暗号資産やデジタルの資産も扱えるようにする試みです。
ただ、それはあくまで、これまでの仕組みに、新しい技術をつなぎ足したものです。銀行同士が手紙で何段階もやり取りをすると言う、根本の流れは変わっていません。
技術の面では、中国が進める新しい仕組みの方が、進んでいると言えるでしょう。一方で、世界の貿易の多くは、今もSWIFTとドルの上で動いています。
ドルの通り道を守ろうとするアメリカと、新しい通り道を広げようとする中国。かつて銀行への怒りから生まれたビットコイン。そこから始まったブロックチェーンの技術は、いま、国と国が世界のお金の流れを奪い合う、その最前線で使われているのです。